微分幾何学に、多変数関数論的な観点を交えつつ取り組んでいます。これまでは主に「漸近的複素双曲空間」について、特にその上のアインシュタイン方程式と呼ばれる偏微分方程式を中心として研究してきました。これは「有界強擬凸領域」の幾何学の一般化にあたりますが、しかし複素幾何学の範疇には収まらないものです。その研究を活かしつつ、さまざまな他の「遠方において対称性の高い空間に近づいていく」空間(一般に漸近的対称空間と呼ばれます)にも通用するような、もっと高い視点からの仕事をしたいと目論んでいます。
漸近的対称空間の最も基本的な例である漸近的双曲空間は、本物の双曲空間のような等質性や等方性は持ちませんが、ある点から遠ざかれば遠ざかるほどその周囲がだんだんと双曲空間であるかのように見えてくるような空間です。双曲空間の無限遠境界である球面に「自然に」共形構造が備わっているのと同様に、漸近的双曲空間の無限遠境界には、やはり共形構造が定まります。漸近的複素双曲空間の場合には、双曲空間と比べて等方性の少し限定された複素双曲空間がモデルになっており、無限遠境界にはCR構造(コーシー・リーマン構造)が現れます。
漸近的対称空間の幾何学における基本的な問いは、第一に無限遠境界の幾何構造の持つ性質が、第二に空間のトポロジーが、空間そのものの性質としてどのように反映されるかということです。この問いには「与えられた状況下で、空間がある種の性質を満たし得るか」ということも含まれていて、アインシュタイン計量の存在問題というのはその典型です。
漸近的双曲空間については世界的に見ればかなりの研究の蓄積がありますが、それでもまだ未解決問題ばかりです。また、一般の漸近的対称空間にも通用するような理解こそが本当の理解であるように思うのですが、そういう意味では目の前に広がっているのはほとんど荒野であると言ってもよさそうです。具体的なケースの調査と抽象的な考察の間を往復しながら、理解を深めていこうと思います。