数学には「体」という概念がある.簡単に言うと,これは四則演算ができる数の集合である.たとえば,有理数の集合\(\mathbb{Q}\),実数の集合\(\mathbb{R}\)は体である.整数の集合\(\mathbb{Z}\)はその中で割り算ができない(割り算の結果はもはや整数ではなく有理数になる)ので,体ではない.
体の中には正標数の体と呼ばれる奇妙なものもある.その体の中では,\(1\)を何度か足し合わせるとゼロになってしまう. \[1+1+\cdots+1=0\] 一番簡単なものとして,各素数\(p\)に対して,ちょうど\(p\)個の元を持つ体が存在する.これを\(p\)元体と呼び\(\mathbb{F}_p\)と書く.(ガロア体と呼び\(GF(p)\)と書くこともある.)これは,\(p\)を法とする合同式を考えることに相当する.つまり,自然数を\(p\)で割った余りは\(0,1,\dots,p-1\)のいずれかになるが,余りが同じものは同じ仲間と見なすわけである.さらに素数\(p\)と正の整数\(e\)に対し,ちょうど\(p^e\)個の元を持つ体\(\mathbb{F}_{p^e}\)が(ただ一つ)存在することが知られている.
体\(\mathbb{F}_{p^e}\)の元を\(p\)乗するという操作は,\(\mathbb{F}_{p^e}\)から自分自身への写像を定める.これをフロベニウス写像と呼び\(F\)で記す. \[ F:\mathbb{F}_{p^e} \to \mathbb{F}_{p^e},\, x\mapsto x^p \] これは体の同型写像になっている.つまり,全単射であり,二つの元を\(p\)乗してから足すのと足してから\(p\)乗するのは等しく,掛け算についても同様である.フロベニウス写像に関して同型写像であることの他に大事なことは,\(f\)が\(e\)の約数のとき\(\mathbb{F}_{p^f}\)は\(\mathbb{F}_{p^e}\)の部分体であり,フロベニウス写像の\(f\)回繰り返し\(F^f = F\circ \cdots \circ F\)は\(\mathbb{F}_{p^f}\)の元を動かさず,逆にこれで動かされないのは\(\mathbb{F}_{p^f}\)の元のみである.つまり,\(\mathbb{F}_{p^f}\)は\(F^f\)の固定点集合となっている.
ここで, \[ y^2 + x^2(x+1) = 0 \] という方程式を考えてみよう.これを満たす\(x,y\in \mathbb{F}_{p^e}\)の組がいくつあるかというのは,整数論の問題である.方程式や\(p\),\(e\)の値を変えると,同様の問題がいくらでも考えられるが,この種の問題に対し,幾何学で登場するコホモロジー群を用いて答えようとしたのが有名なヴェイユ予想であり,グロタンディークが開発したエタール・コホモロジーを用いて,予想の最後に残っていた部分をドリーニュが証明し,いまでは定理となっている.この定理では,フロベニウス写像が重要な役割を果たす. \( F:\mathbb{F}_{p^e} \to \mathbb{F}_{p^e} \) が体の同型であると言うことから,フロベニウス写像は方程式が定める「図形\(X\)」から自分自身への写像\(F:X\to X\)をさだめる.つまり\((x,y)\in \mathbb{F}_{p^e} \times \mathbb{F}_{p^e} \)が方程式の解なら,\((x^p,y^p)\)も解となる.方程式の\(\mathbb{F}_{p^f}\)内の解は,\(F^f:X\to X\)による固定点だと見なし,幾何学で知られていたレフシェッツの固定点定理を用いて,固定点の個数をコホモロジー群へのフロベニウス写像の作用を用いて表されるのである.
上の画では\(64=2^6\)個の元を持つ有限体\(\mathbb{F}_{64}\)を考えた.各点は \( \mathbb{F}_{64}\times \mathbb{F}_{64} = \{(x,y)\mid x,y\in \mathbb{F}_{64}\} \) の元を表している.体\(\mathbb{F}_{64}\)と素体\(\mathbb{F}_2\)の間には二つの中間体\(\mathbb{F}_8\)と\(\mathbb{F}_4\)がある.これら二つの間に包含関係はなく共通部分は\(\mathbb{F}_2\)である.画中の点の大きさは,\(x,y\)座標がともに\(\mathbb{F}_2\)に入っているものが一番大きく,ともに\(\mathbb{F}_4\)に入っているものが次に大きいという具合にしてある.また明るい色の点は,方程式の解となる点を表している.
画を動かして次の点を確認してほしい.
© 2016 Takehiko Yasuda